宮城県(牛タン県)

宮城県の仙台の名は千体仏が祀られていたことに由来していますが、慶長年間になって伊達政宗が築城を始めました。本丸は海抜123メートルというかなり高い山の上に築かれ、天守台も設けられましたが天守閣が建築されることはありませんでした。

 

大手門は朝鮮遠征のために築城された肥前名護屋城から移したもので、空襲で焼失しましたが、全国的に見ても戦争で失われたもっとも惜しまれる文化財の一つと言われています。また、この城は青葉城と称され、さとう宗幸の「青葉城恋歌」で知られるようになりました。ただし、青葉城も広瀬川も歌ほどには風情があるわけではありません。見事なのは定禅寺通りのケヤキ並木でこちらは「杜の都」という名にふさわしいものです。

 

東北大学はKS磁石鋼を発明した本多光太郎氏の伝統もあり冶金などの分野を得意としていましたが、最近では西澤潤一氏によって電子技術での名声が上がるとともに、学長としての活躍で地域の産業との連携を進めました。

 

笹蒲鉾は食べやすい形と大きさも受けて土産品の定番ですが、甘党向きの和洋折衷菓子「萩の月」も健闘しています。また、牛タンも仙台名物として定着して全国でも突出した消費量を誇っています。祭りでは仙台の七夕がその規模と華やかさで有名。仙台郊外では、日本三景の一つ松島や、国宝に指定されている瑞巌寺、大崎八幡宮、それに紅葉の名所として知られる鳴子峡が観光客を集めています。

 

東部の石巻や気仙沼はサンマなどの水揚げで知られる漁港ですが、とくに気仙沼は世界的なふかひれの名産地として名高く有名。中新田町のバッハホールは地方都市でのコンサートホール設立ブームの嚆こう矢しとなりました。

 

宮城県の気候は東北各県のなかでは比較的穏やかです。宮城県民の県民性を語るときに常に言われるのは、「東北にしては」という言葉。東北人らしいねばり強さなどがないわけでもありませんが、この地方の中では気候が温暖で生産力が高く、しかも、「伊達物」の語源になったともいう政宗という派手な殿様を藩祖にもつ大藩のお膝元だけあって、相対的には稀薄です。

 

また、東北の盟主としての自覚も強く持っていますが、都会人としての誇りもあります。このようなことから、近年、仙台も政令指定都市になり、日本を代表する都市の仲間入りをしたと言われていますが、これは宮城県人のプライドを著しく満足させているのは間違いありません。

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